ヒトコト図書館掲示板

髙橋キヌ、28歳独身。月に読む本は150冊以上、本代は常に10万円。ページのあいだに棲んでいます。

田舎の紳士服店のモデルの妻

祝・本屋大賞受賞♡ということで、最近どんな小さな本屋さんにも本が置いてある宮下奈都先生。

その中でも装丁がいちばん好きなのがこちらの作品。

田舎の紳士服店のモデルの妻 (文春文庫)

田舎の紳士服店のモデルの妻 (文春文庫)

 

あらすじはこんな感じ。

東京から夫の故郷に移り住むことになった梨々子。田舎行きに戸惑い、夫とすれ違い、恋に胸を騒がせ、変わってゆく子供たちの成長に驚き―三十歳から四十歳、「何者でもない」等身大の女性の十年間を二年刻みの定点観測のように丁寧に描き出す。じんわりと胸にしみてゆく、いとおしい「普通の私」の物語。

 

実はこの小説、キヌ的読書エンジンがかかるまでに非常に時間がかかりました。

だぶんだけど、キヌが結婚→出産の過程をまだ経験してないからだと思う。経験した人にとっては、こんなヒトコトでかなり本の中の世界に引き込まれるんじゃないかな…

粒子の細かい泥のように積もった睡眠不足と慢性的な疲労に窒息しそうで、夫のことを心配する時間はあまりなかったかもしれない。

竜胆達郎その人の心配よりも、夫として父親としての達郎に何かあっては困ると言う気持ちが強いのは、結局は自分を心配しているということなのかもしれない。

まわり、だ。梨々子がここに書きつけるのは、自分のことではない。まわりのことばかりだった。かすり、と書いた日のことが懐かしい。梨々子はもうかすりもしない。何かが起きるとしたら、まわりにだけなのだ。

どうでしょう?

 

日本の女性って、結婚・出産すると自分の名前がなくなるじゃないですか。

◯◯さん(夫)の奥さんとか、◯◯ちゃん(子ども)ママとか。キヌはまだ本の中でしか経験したことがないのですが、自分が誰かの付属物的な存在になる、あの瞬間ってかなりの衝撃だと思うんですよね。少なくとも自意識的には。

キヌも一回この大きなアイデンティティクライシスを体験したら、この本に収められているヒトコトたちがもっと心に刺さるようになるんだろうな…

私は何者でもなかったし、今でも何者でもない。何者かにならなくちゃいけないなんて、嘘だ。

私は女で妻で娘で。それ以外にも生きる理由のある特別な人間だとどこかで思いたかったのだろうか。自分はこんなところにいるべきではないのだ、いつか何者かになるのだと思うことで、自分を支えてきたような気がする。自分に言い訳してきたということだと思う。私の思う「何者か」は周囲に自慢したい姿だった。

生きるのに意味などない。さびしいわけでもむなしいわけでもなく、ぱーんとそれがわかる。竜胆梨々子が生きるのは、ほんの何人かの、梨々子がいなくなったら悲しむ人のためだ。 

 

願わくば、いざそうなったときにも。一見なにもないように見える自分の周りに、小さな光の粒を見出せるような、そんな私でありたい。今はただ、そう思います。

ときめくようなことなどなくてあたりまえだと思っていた。ときめかないのは、誰のせいだ。私が、忘れていた。結婚記念日だったんだ。私が私の家族に、暮らしに、光を見つけ出そうとしていなかった。

 

 

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ストーリー部分と関係なく好きなのはこのヒトコト。

相手を正当に評価するためには、こちらにも度量が必要だった。どうせこの程度のものだろうと思ってしまうのは、相手に対する敬意が足りないだけでなく、自分の持つ敬意の総量が小さい証拠だと思う。

 

宮下先生の本は下記でも紹介しています。 

librarian-kinu.hatenablog.com

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