読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヒトコト図書館掲示板

髙橋キヌ、28歳独身。月に読む本は150冊以上、本代は常に10万円。ページのあいだに棲んでいます。

小さないじわるを消すだけで。

最近、クローゼットいっぱいにあった積ん読本 をせっせと読んでいます。キヌです。

たまに本が雪崩を起こしてクローゼットが開かなくなったっていうのももちろんですが、やっぱり買ってきた本を買ったときのワクワクした気持ちのまま読みたいなと思って。

あと単純に、買ったことを忘れて同じ本をまた買う というお財布的に痛恨のミステイクが月に3件発生したからです。整理と記録ってほんと大事。

 

というわけで本日はこちらの本を。

旅行のガイドブックを探しに行ったときに見つけた本。

その場でさくっと内容をチェックするつもりが夢中になって、ガイドブックを買い忘れて帰ってきたという懐かしい思い出があります。

 

内容はこんな感じ。

生きにくさや孤独は、手放せる。“ノーベル平和賞受賞の宗教家”と“人々の心を癒し続ける小説家”による、決定的人生論。穏やかな心で良い人生を生きるための希望に満ちた金言集。

 

もともとよしもとばなな先生の紡ぐ言葉にははっとさせられることが多くて、迷ったときによく読んでいるのですが

自分についた嘘は自分にはわかります。

でも、そのとき、私の心にはひとかけらの曇りもありませんでした

 

今回の本は、最初のほうのこのヒトコトにひきこまれました。

小さな棘、ささいな悪意を徹底的にとりのぞくとなにが起こるだろう。

 

タイトルにもなっている「小さないじわる」がどんなものか、よしもとばなな先生はこう説明しています。

殺人とか人を死に追い込むいじめとかにつながっていくよくないと思われることの全ては自分と他人をはっきりと違うものとして分けることから、それから自分の仕事なり家庭なり小さな範囲を決めて、そこの外側にあるものには関与しない、つまり私のよく使う用語で言うところの「小さないじわる」のようなものからスタートするのではないかと思います。

小さないじわるには責任が伴わないからです。
大きな犯罪、他者への攻撃、殺人、レイプ、戦争…そういう大きなことは人類の愛のある存続にとって最もよくないことですが、そこには始めた人の責任も確かに芽生えます。
小さないじわるは、匿名性があり、日常的には他者も児文も著しく害するものだと思うのです。
今の日本にはそうした問題がたくさんあります。

仕事への強い義務感と、正統的な理由付けとストレスが悪い具合にブレンドされてしまうと、その場でできることのなかで、人をできるかぎり小さくではあるがあえて傷つけながら、自分が論理的にも倫理的にも正当化できるやり方をして、ストレスを発散してしまう、そういうことです。

 

残念ながら、キヌにも覚えがあります。

自分がうまくいっていないとき、うまくいっている(ように見える)他人に少しだけ、でも確実にしてしまういじわるに。 

まあ、それをしてしまったあとは自分が報いを受けるんですけどね。

あの、胃の中を大きな蛇が移動するようないやな感覚は何度経験しても慣れません。

 

その「小さないじわる」を消していくための考え方については、こう書かれています。

ちょっと長いのですが、キヌはこれを読んで自分の中ですごく腑に落ちたので、引用しますね。

あるときから、私は人ひとりひとりを機械の一部、歯車ではなく、細胞のひとつと考えるといいのでではないか?と思うようになりました。

人間ひとりひとりが細胞で、みんなで大きな「人類」という人間を作っているのだと思うと、いろんなことがよくわかるようになります。

髪の毛の細胞の人、お尻の細胞の人、まぶたの人、唇の人、心臓の人、各部位の人にそれぞれ不満があり、それぞれの自負心があります

自分の部署ではない機能に対して憧れを抱いたり、ねたんだり、自分の部署の仕事をおろそかにしたり、それも全てそんなふうに説明できると思います。

お尻の人には頭の人のことがよくわからないくらい遠いが、確実につながっている、そんなところもよく理解できるように思います。

それから異様な罪をおかしたり、人を殺すことに心底喜びを覚えるような人たちに関しては、がん細胞のような異形の細胞だととらえるとしっくりきます。

目の前の人を自分の一部だと思うことができれば、その弱さを理解することも、人を攻撃することはすなわち自分に対する攻撃だということもわかり、相手に対する怒りもなくなるはずです。

今ここにいるみんながひとつの体を作っている、不思議な、そして今しかない今世の私たちです。細胞は毎日少しずつ入れ替わっているので今このみんなといられるのは今だけなんです。

 

位置的に遠いだけで、自分とは違う役割があるだけで、 みんな同じ「すべて」の一部。

そう思うことができたら、傷つけ合うのが如何に無駄なことかわかるから。

 

これからの人生を考えるうえで、支えになるような考え方を指し示してくれる、いい本でした。

気になったらぜひ読んでみてください。

紹介していない部分も、じんわり素敵なので。 

相手がどのような人であっても、たとえ私たちを害してくれる敵であっても、その人はひとりの命あるものである。その人は自分と同じように幸せになりたくて、苦しみを望んでいない、同じ存在なのだと思えるようになります。

たとえいやなことを自分にしてきても、その人のすべてを受け入れて、その人を愛するということが、本当の意味における、真摯な愛だと思います。

 

 

【お仕事ブログはじめました】

キヌのお仕事、パーソナルブックコーディネーターについてはこちら。

>>1ヶ月で本を150冊読む方法。はこちらから(アメブロにとびます)

 

読者登録やコメント、いつもありがとうございます♡

 

応援クリック、いつも励まされてます♡

 

このヒトコトにハッとしました。まだなんでかはわからないけど。

インドの仏教の言葉に、このようなものがあります。「正す手段が存在しているならば、何も心配することなく、正す努力をすればいい。しかしその問題に対して、何も手段がなければ、やはりそれ以上心配しても全く無意味である」。

 

よしもとばなな先生の本は他にもたくさんご紹介しています。 

librarian-kinu.hatenablog.com

librarian-kinu.hatenablog.com

librarian-kinu.hatenablog.com

librarian-kinu.hatenablog.com

librarian-kinu.hatenablog.com