ヒトコト図書館掲示板

髙橋キヌ、28歳独身。月に読む本は150冊以上、本代は常に10万円。ページのあいだに棲んでいます。

イノセント・デイズ

映画を観るときは、サイト(あらすじとか予告編とか)をくまなくチェックしてハッピーエンドでないものは候補から外します。キヌです。

本はそんなことないんだけどね。 本日紹介するのはこちらの本です。

イノセント・デイズ (新潮文庫)

イノセント・デイズ (新潮文庫)

 

あらすじはこんな感じ。

田中幸乃、30歳。元恋人の家に放火して妻と1歳の双子を殺めた罪により、彼女は死刑を宣告された。凶行の背景に何があったのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人など彼女の人生に関わった人々の追想から浮かび上がるマスコミ報道の虚妄、そしてあまりにも哀しい真実。幼なじみの弁護士は再審を求めて奔走するが、彼女は……
筆舌に尽くせぬ孤独を描き抜いた慟哭の長篇ミステリー。

もう、あらすじからしてハッピーエンドの香りがしない。

付いていた帯が「読んで三日三晩泣きました」とかで無性に気になって。でも読後感悪そうだなって一回置いて。本屋さんを出る段になったらやっぱり気になって。
さんざん迷ってやっとレジに持って行きました。 

これだけ購入を迷った理由として、「幸乃」という全く同じ名前の親友がいたってこともあります。なんとなく自分に近い人の名前は、絵空事として処理できないのよね。記号としても特殊みたい。

 

結果論なんですけど、各所に身に覚えがありすぎてですね。

 

主人公(章によって視点は変わるけど)の幸乃が
自分の存在理由を、外界との関係性に置いている とかもそうですが

彼女の日記には「必要とされたい」という言葉が散見された。

「あの人にまで見捨てられたら、もう私に生きている価値はありません」
その口調に淀みはなく、言葉の一つ一つに輪郭が伴っている。

「もし本当に私を必要としてくれる人がいるんだとしたら、もうその人に見捨てられるのが怖いんです」

 

自分が犯罪者になる可能性があるのを知っているから、犯罪を犯した(と思われる)人をできるだけ「変な人・おかしな人」として
モンスター加工し、自分から遠い位置に置きたがる とか。

あの日はなにも感じなかったはずの言葉に、なぜか強烈な嫌悪感が湧く。私は何かを決定的にはき違えているのではないだろうか?そんな不安が胸に滲む。

始まった裁判は、あらかじめ決められたレールの上を行くような、やけに乾いたものだった。人の生き死にに立ち会っているという熱がない。あるのは例によって好奇の目だけ。誰もが幸乃を自分とは違う生き物と信じ込んでいる。

人を殺すような人間は、生まれながらにしてそのような残虐性を隠し持っているものなのか。
いくら自問しても答えは出ない。答えは出ないが、考えずにはいられない。あの寒々しい面会室の、アクリル板の向こうとこちらとを隔てるものは何なのか。犯罪者を「自分とは違う生き物」と断じられるのはどうしてか。たまたまいつか雨が降らなかったから、自分たちは平々凡々と生きてこられただけかもしれないのに。

「全然違うかもしれないのにね」と、私は小声でつぶやいた。自分が突拍子もないことを言っているのはわかっていたが、言葉を止められない。
「なんかいかにもだなってさ、私も間違いなくそう思ってたんだ。何も知らないくせに。自分勝手に決めつけて」

 

物語の本筋ではないのですが、この2つが強く心に残りました。今のキヌの、テーマなのかもしれません。 

https://www.instagram.com/p/BZClpBpHxXZ/

この子を殺したのは、わたしたち。 『イノセント・デイズ』早見和真#today #reading #books #ポップもどき

 

 

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描写もリアルで、ぐいぐい引き込まれる作品です。

久しぶりに家族がそろった食卓は、いつになくにぎやかだった。そのにぎやかさが沈黙を拒むためだけに作られたものに思えて、陽子にはうす気味悪く感じられた。

身を守る術のない女にだって、敬介は容赦しない。敬介は深く心の中に押し入ってくる。アメとムチを無自覚に使い分け、人の優しさに平然とつけ込む。そこに悪意はない。悪意がないからタチが悪い。

『拝啓 田中幸乃様ー』から始まる紙切れに、感じるものはなかった。ボロボロに傷ついた心に、新たな傷のつく余地は残っていない。

 

ちなみに解説は辻村深月先生です。解説って読後に読む人がほとんどだと思うのですが、これを読んでからだと最後のシーンの解釈が違ってくると思う。

優しく、人に傷つけられても自分は人を傷つけることはせず、流され、耐えて、いろんなことを飲み込んできた彼女は、ある意味では自分の人生について責任を負うことをずっと避けてきた。こうしたい、という意志を滅多に見せることはなく、ただ、周囲の人間の思いや立場を映して流す。見る人の鏡のようだったかのじょが、最後の最後で自分自身の輪郭を取り戻すのだ。

ずっと自分を消し、幽霊のように実体のなかった彼女が唯一意志を見せ、抗おうとしたその瞬間が、たとえ自分の死を望むためのものだったからといって、それを間違っているなんて誰にも言わせたくない。

せっかくなので少し時間を置いて、読み直そうかなと思っています。 

 

 

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