ヒトコト図書館掲示板

髙橋キヌ、28歳独身。月に読む本は150冊以上、本代は常に10万円。ページのあいだに棲んでいます。

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」《 理論編 》

俗に言うエリートではないからか、エリートの動向が気になります。
キヌです。

…という訳で今日は、エリートのトレンド(ややこしいわ)が知れるこの本を。

内容はこんな感じ。
いつもはAmazonから引っ張ってくるのですが、今回はあまりに長かった上、なにが言いたいのか全くわからなかったのでhontoのサイトから引っ張ってきました。

世界的に高名な美術系大学院に幹部候補を送り込むグローバル企業、早朝のギャラリートークに参加している知的専門職の人たち…。
彼らはいったい何を求めているのか?
世界のエリートがなぜ「美意識」を鍛えるのかに迫る。

短くて素敵。
導入としてはこれで十分(※ 個人の感想です)です。

秒単位を生きているであろうエリートたちが、寸暇を惜しんで美術系大学院に行ったり美術館に通っている理由となると…確かに気になりますよね。

英国のロイヤルカレッジオブアート(以下RCA)は、修士号・博士号を授与できる世界で唯一の美術系大学院大学です。2015年のQS世界大学ランキングでは、「アート・デザイン分野の世界第1位に選出されており、資格芸術分野では世界最高の実績と評価を得ている学校と言っていいでしょう。ちなみに、次々と革新的な家電製品を世に送り出しているダイソン社の創業者であるジェームズ・ダイソンはこのRCAでプロダクトデザインを学んでいます。
さて、このRCAが、ここ数年のあいだ、企業向けに意外なビジネスを拡大しつつあるのですが、なんだと思いますか?それはグローバル企業の幹部トレーニングです。

トレンドを大きく括れば「グローバル企業の幹部候補、つまり世界で最も難易度の高い問題の解決を担うことを期待されている人々は、これまでの論理的・理性的スキルに加えて、直感的・感性的スキルの獲得を期待され、またその期待に応えるように、隔離の先鋭的教育機関もプログラムの内容を進化させている」ということになります。

この本のいいところは、
始まって14Pで、この問いの回答をまとめている ところです。
なんというホスピタリティでしょう。
ラストミステリーを異様に引っ張る、◯しぎ発見にも見習っていただきたい。

著者である山口先生に敬意を表して、キヌも内容をまとめますね。

グローバル企業が世界に著名なアートスクールに幹部候補を送り込む、あるいはニューヨークやロンドンの知的専門職が、早朝のギャラリートークに参加するのは虚仮脅しの教養を身につけるためではありません。

これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできない、ということをよくわかっているからです。 

つ・ま・り ♡

今日のように複雑で不安定① 論理・理性的なアプローチである情報処理スキルが限界に達し、② 全ての市場が「自己実現的消費」へと向かいつつある関係で、③ システムの変化が急すぎてルールの制定が追いつかないな世界では、今までの方法では意思決定できないことがあるからっていうのがファイナルアンサーです!!!

うーん、( )の中の情報量の多いこと多いこと。
やっぱり面倒くさがらずに、要素からいっこずつ説明しますね。

① 情報処理スキルの限界が露呈しつつある 

コンサルティング」といえば高収入の代名詞ですが、要はそれだけもてはやされているということです。
で、人気が出ることで母数が増えていけば、どうしても差別化は難しくなると。

長いこと、分析的で論理的な情報処理のスキルは、ビジネスパーソンにとって必須のものだとされてきました。しかし、正しく論理的・理性的に情報処理をするということは、「他人と同じ正解を出す」ということでもあるわけですから、必然的に「差別化の消失」という問題を招くことになります。

さらに、処理する対象である世界が複雑になってしまえば、従来のコンサルティングノウハウだけで全てを解決するのは難しくなります。

様々な要素が複雑に絡み合うような世界においては、要素還元主義の論理思考アプローチは機能しません。そこでは全体を直感的に捉える感性と、「真・善・美」が感じられる打ち手を内省的に創出する構想力や想像力が、求められることになります。

 それを補完(あくまで補完ね、ここ大事!)するのが「美意識」ということです。

画期的なイノベーションが起こる過程では、しばしば「論理と理性」を超越するような意思決定、つまり「非論理的」ではなく「超論理的」とでも言えるような意思決定が行われているということです。 

論理や理性で考えてもシロクロのつかない問題については、むしろ「直感」を頼りにしたほうがいい、ということです。 

「理性」や「正しさ」が「合理性」を軸足に意思決定するのに対して、「感性」は「美しさ」や「楽しさ」が意思決定の基準になります。

そういえば、アメリカの企業はそうしているイメージ。

PDCAサイクルをPlan = CEOの役割、Do = COOの役割、Check = CFOの役割と考えてみれば、アート型のCEOが大きなビジョンや夢を描き、クラフト型のCOOがそれを実行計画に落とし込み、サイエンス型のCFOが、その実行のリスクや成果を定量化し、チェックするという構造が見えてきます。

強烈なビジョンを掲げてアートで組織を牽引するトップを、サイエンスやクラフトの面で強みを持つ側近たちが支えてきたという構図です。

経営者に外部からアドバイスをする仕事と聞けば、一般的には経営コンサルタントをまず想起する人が多いと思います。しかし今日、多くの企業経営者はコンサルタントではなく、デザイナーやクリエイターを相談相手に起用しています。

日系企業に勤めている身としては、これが早く日本でもスタンダードになっていただけることを祈るばかりですね。 

経営陣の最も重要な仕事は、経営というゲームの戦略を考える、あるいはゲームのルールを変えるということです。このように難易度の高い営みにおいては「アート、サイエンス、クラフト」の最高度のバランスが求められることになります。

今日の経営にはこのようにはるかに非論理的な要素が複雑に入り混じるようになっているのにも関わらず、日本では未だに過剰なまでに「論理」が求められ「美意識」が軽んじられていると警鐘を鳴らしています。

(以前の日本企業には)戦略など必要なかったのです。だってそうでしょう。レースをしていて、トップグループが先行しているのであれば、同じことをもっと安く、もっと早くできるように工夫して追いつくのが一番シンプルで有効な戦略であり、日本企業はまさにこれをやって高度経済成長を成し遂げたのです。このような社会においては、目指すべきゴールを決め、それをいかに効率よく達成するかを考えるよりも、ただひたすらに頑張ることが求められ、実際にそうすれば結果が出ていたわけです。

サイエンス型が強くなるとコンプライアンス違反のリスクが高まる 

新しいビジョンや戦略も与えないままに、マジメで実直な人たちに高い目標値を課して達成しつづけることを強く求めれば、行き着く先は一つしかありません。イカサマです。

(ビジョンの策定において)重要になってくるのは「理性」ではなく「感性」です。どんなに戦略的に合理的なものであっても、それを耳にした人をワクワクさせ、自分もぜひ参加したいと思わせるような「真・善・美」がなければ、それはビジョンとは言えません。

 ② 世界中の市場が「自己実現的消費」化している

すっごく簡単にいうと、
モノを買うときの理由が「使うから・必要だから」じゃなくて「可愛いから・カッコ良いから(ドヤッ)」 になってきているってことですね。

この枠組み(マズロー欲求五段階説)で考えれば、経済成長に伴う生活水準の上昇によって、商品やサービスに求められる便益は「安全で快適な暮らしをしたい=安全欲求)を満たすものから、徐々に「集団に属したい=帰属欲求」へ、さらに「他者から認められたい=承認欲求」へと進みことになり、最終的には「自分らしい生き方を実現したい=自己承認欲求」へと進展することになります。 

先進国における消費行動が「自己実現のための記号の発信」に他ならないことを明確に指摘したのはフランスの思想家であるジャン・ボードリヤールでしたが、この指摘はもはや先進国においてだけではなく、多くの発展途上国にも当てはまるようになってきています。

人びとはけっしてモノ自体を(その使用価値において)消費することはない。ー理想的な準拠として捉えられた自己の集団への所属を示すために、あるいはより高い地位の集団を目指して自己の所属を示すために、あるいはより高い地位の集団を目指して自己の集団を抜け出すために、人びとは自分を他者と区別する記号として(最も広い意味での)モノを常に操作している。
ジャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』

オシャレピープルは、スタバでMac使ってる、みたいな感じです。
スタバはもう大衆化した感もあるけどねー

そのブランドを選ぶことで「ああ、あなたはそういう人なのですね」というメッセージが伝わるようなブランドを購入するようになります。

んで、そういう社会では 

すべての消費ビジネスがファッション化しつつあるということです。このような世界においては、企業やリーダーの「美意識」の水準が、企業の競争力を大きく左右することになります。 

人の承認欲求自己実現欲求を刺激するような感性や美意識が重要になります。 

もともと高い「美意識」のある日本人のポテンシャルが高いぞと。 

世界が巨大な「自己実現欲求の市場となるとき、世界的に形成された「日本=美意識の国」というパーセプションは、極めて大きな武器になるはずです。

③ システムの変化にルールの制定が追いつかない状況が発生している

一般的によく言われるように、世の中の流れがどんどん早くなってきているよってことですね。
それで急激な変化に、法整備が追いついていないと。

現在のように変化の早い世界においては、ルールの整備はシステムの変化に引きずられる形で、後追いでなされることになります。そのような世界において、クオリティの高い意思決定を継続的にするためには、明文化されたルールや法律だけを拠り所にするのではなく、内在的に「真・善・美」を判断するための「美意識」が求められることになります。

でも今は法律で禁じられていないからって、後でどうなるかなんてわからないじゃないですか。エリートなんてやたらな権力を付与されがちだから尚更ね。

大きな権力を持ち、他社の人生を左右する影響力を持つのがエリートです。そういう立場にある人物だからこそ、「美意識に基づいた自己規範」を身につける必要がある。なぜなら、そのような影響力のある人物こそ、「法律的にはギリギリOK」という一戦とは別の、より普遍的なルールでもって自らの能力を制御しなければならないからです。

そういうときに役にたつのが「美意識」だぞってことですね。

 

ふーやっと一息ついた笑
この本には美意識の鍛え方なども載っているのですが…それは実践編として明日ご紹介しますね。

 

 

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現在のコンサルティング会社が成立した流れなど、本当にいい勉強になりました。

グレイヘアコンサルティングアプローチ:
 業界を引退したエキスパート(=クラフト)
 × 人材供給(量・質)が不安定
      ↓
ファクトベースコンサルティングアプローチ:
 情報を論理的に処理できれば素人でも可(=サイエンス)

コンサルティング会社が提供している付加価値を一言でいえば、「経営にサイエンスを持ち込む」ということになります。サイエンスに依拠する以上、その判断の立脚点はどうしても数値にならざるを得ません。

コンサルティング会社が主導して流布させた「全てを数値化して管理する」という一瞬の幻想が浸透した結果

この一連の文章、何かで読んだことがあるなと思ったら

私は「デザイン」と「経営」には、本質的な共通点があると思っています。 

一言で言えば「エッセンスをすくいとって、後は切り捨てる」ということです。そのエッセンスを視覚的に表現すればデザインになり、そのエッセンスを文章で表現すればコピーになり、そのエッセンスを経営の文脈で表現すれば戦略ということになります。成果として出来上がる成果物の呼称は異なりますが、知的生産の過程で持ちいる思考の仕方はとてもよく似ているんですね。

「優れた意思決定」の本質というのは、「選択すること」にあるのではなく、「捨てること」すなわり「一見すればどれも優れているように見えるたくさんの案を、まとめて思い切って捨てる」ことにこそあるのです。

なにをしないか決めるのは、なにをするのか決めるのと同じくらい大事だ。会社についてもそうだし、製品についてもそうだ。
スティーブ・ジョブズ 

この本でした。

librarian-kinu.hatenablog.com

Mr. アップルすげえ。
キヌの中ではなんとなくダッフィーも同じイメージです。

アップルという会社の持つ本質的な強みは、ブランドに付随するストーリーと世界観にあると考えています。

外観もテクノロジーも簡単にコピーすることが可能ですが、世界観とストーリーは決してコピーすることができないからです。

世界観とストーリーの形成には高い水準の美意識が求められることになります。

アカウンタビリティとは要するに「言語化できる」ということだ、とはすでに指摘しましたが、忘れてはならないのは、言語化できることは、全てコピーできるということです。

デザインとテクノロジーだけを拠り所にして実現された製品には、悲惨な末路しか待っていません。なぜならデザインとテクノロジーというのは、サイエンスの力によって用意、かつ徹底的にコピーすることが可能だからです。いわゆるリバースエンジニアリングです。

本文とはあまり関係がないのですが、キヌが気をつけようと思ったのはこちら。

「測定できないものは管理できない」
ピーター・ドラッガーの名言とされているこちらの言葉についてのヒトコトです。
本当はエドワーズ・デミング博士の言葉で、前後の文脈が抜け落ちているため意味が間違って伝わっています。

It is wrong to suppose that if you can't measure it, you can't manade it - a costly myth.
測定できないものは管理できない、と考えるのは誤りである。これは代償の大きい誤解だ。

オリジナルの文脈から切り出された箴言や名言の多くは、人をミスリードする誤解の元になっていますが、このデミング博士の指摘は、その典型例と言えるものです。 

本の中の言葉を引用しまくって日々のブログを成立させている身としては…ねえ?